将来の収穫

 

今のタイミングで言えば、新型コロナウイルスに振り回されて萎縮している人達は、思考の時間が短いように思います。

 

なぜなら、「今何をするか」という仕込みが「将来の収穫に繋がる」という発想がなく、萎縮し行動を制限する事によって失う機会に鈍感だからです。

 

今やっている事が、1年後あるいは3年後、5年後、10年後に結実するはずが、ひきこもって何もしなければ実はつかないと思います。

 

一方、起業家や企業経営者の多くは、業務改革や販売方法の多様化といった改革に余念がありません。

 

新規事業や新規企業開発も進めています。

 

それはすでにアフターコロナ・ウィズコロナ・ニューノーマル時代を見据えているからです。

 

だから彼らは感染予防対策をとりつつ出張するし会食もします。

 

事業を継続させ雇用を守るための取り組みは不要不急ではなく、必要であり緊急です。

 

今変わらないと生き延びていけないからです。

 

「会食はダメだろう」「会食しなくても仕事の話はできるだろう」などという人は、会食する事で関係が深まるという効能、相手の人となりや根底にある思考や方向性がわかり、提携や取引をするに足る相手かが分かるという効能を軽視しているのだと思います。

 

どの国もどの時代でも、どんなに文化や風習や価値観が異なっても、「人をもてなすには飲食の席を設ける」事から、これは人間の本能に近い事のように思います。

 

しかしコロナで萎縮する人はそういう事に思考が及ばず、政府・行政の言う事に従い、会社の方針に従い、ルールを愚直に守り、コロナ対策が日々の最優先事項として日々が過ぎていきます。

 

その為、今後はますます経済格差が拡大すると考えられます。

 

前述の通り、起業家・経営者・富裕層は適切にリスク管理しつつ次の種の仕込んでいる一方、一般庶民には「失われた2020年・2021年」になるのが明らかだからです。

 

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