皆さんは、「シュレディンガー猫」という有名な思考実験をご存知でしょうか?
原子核が分裂すると毒ガスが噴射される箱の中に猫を入れます。
原子核がいつ分裂するかは確率に支配されているため、毒ガスが発射されて猫が死んだかどうかは、箱を開けてみるまでは誰にも分からないという思考実験です。
この実験の要所は「箱を開けて初めて結果が分かる」という部分です。
箱を開けて猫が生きていれば毒ガスが出なかったと理解でき、猫が死んでいたら毒ガスが出たと初めて理解できてるのです。
実際に観測するまで、現在と過去の因果が繋がりません。
別の例でも考えてみて下さい。
手に持っているグラスを向かって落としたとします。
常識的に考えれば床に当たって割れると思いますが、実は床に落ちて割れたグラスを観測するまで、「床に向かって手を離した事」と「グラスが割れた事」は繋がらないのです。
特殊なガラスを使っていれば傷1つつかないかもしれませんし、落ちた先が自分の足の上であれば割れず済むかもしれません。
私達は割れたグラスを見て初めて、因果関係を理解できるのです。
このように、現在の「観測」という行為が過去の行為と現在を結びつけています。
現在の観測が原因となり、過去という結果を決めます。
つまり、過去が現在を作っているのではなく、現在が過去を作っているのです。
私達は過去が現在を決めているように見えているだけなのです。
私達は時の流れを正しく認識していません。
「私達の目にどのように見えるか」と、「実際に何が起きているか」は別の話です。
この理屈で考えると、現在を作っているのは何でしょうか?
それは未来です。
では、未来とは一体何でしょうか?
それは可能性です。
「何を訳の分からない事を言っているんだ」と感じている人が大半だと思うので、1つずつ説明します。
まず、私達は「現在」を正確に認識していません。
私達の脳は五感から入ってくる情報のほとんどを意図的に無視しているからです。
例えば、この本を読んでいる時に、あなたは足の裏の地面の感覚やお尻の下の椅子の感触を認識していないと思います。
呼吸している事や心臓の鼓動は意識に上がっていないはずです。
私達は、世界のほんの一部しか認識していません。
更に言えば、認識しているものも過去の記憶を使っているため、詳細には認識していません。
また、同じ場所に居ても、認識している事は人によって違います。
認識する世界が異なるのは、重要だと思っている事が人によって違うからです。
例えば同じ映画のワンシーンを見ても、ミュージシャンと演技指導の先生では認識している部分がまったく異なります。
ミュージシャンが効果音やBGMに意識が向いている時に、演技指導の先生は俳優の表情を見ているかもしれません。
動物であれば1番重要な事は食料を得る事です。
しかし、人間は分業が発達した事で食べ物を1日中探す必要がなくなり、それぞれが目指す事を自由に追い求められるような事になりました。
だからこそ、人それぞれ重要なものが違います。
重要なものは違うとは、欲しいもの(ゴール)が違う事を意味しています。
欲しいもの(ゴール)が変わる事で認識する世界が変わるのですから、私達が認識している世界は、自分のゴールによって成り立っているわけです。
高級外車が欲しいと思っている人は、街中の高級外車に気が付きます。
ミランダ・カーのようになりたい人は彼女の広告に気が付きます。
高級外車を手に入れられるかは可能性の世界です。
しかし、高級外車が欲しいと強く思う事で、その瞬間から認識できる世界が変わります。
そういう人は、例えば金利の安い自動車ローンを見つけたり、中古車ディーラーと仲良くなったりするかもしれません。
ゴールは未来にしか存在しません。
そして未来は「確定できない可能性の世界」です。
という事は、未来という可能性が現在を作っているのです。
可能性(未来)とは自分が何を欲しいと思い、何をゴールにするか次第で変わるものなのです。