例えば、夫婦で高級なレストランに行くとします。
リーズナブルなものこそ価値があると考えている人には、何万円も使って夫婦で食事をするなど、考えられない事のようです。
しかし、お金に強くなれた人は良く知っています。
高級レストランでの食事は、素晴らしい体験になる事を。
味はもちろんの事、店の雰囲気、テーブルや椅子、食器更にはサービスに至るまで、一流のものを味わう事ができます。
それは、本当に心地よい体験なのです。
そして、こういう体験が「仕事をもっと頑張ろう」「もっとお金を増やして、もっと食べに来よう」というモチベーションに繋がっていくのです。
・お金に強い人は、自分の喜ばせ方がうまい
・お金に弱い人は、自分をうまく喜ばせられない
「快適だから」「心地よいから」と毎日のようにリッチな体験をしてしまったら、お金は全く貯められませんし、増えません。
また、高級なお寿司も、毎日食べていたら飽きてしまいます。
だから、お金に強くなれた人は、「ここぞ」という時に自分にご褒美をあげるのです。
しかも、ケチケチしたご褒美ではなく、リッチなご褒美をどーんとあげる。
見栄のためにお金を使うのではなく、自分のためにお金を使う。
あえて、ここぞという時にリッチ体験をする事で、よりインパクトのある出来事にしているのです。
ところが、お金に弱いままの人は、残念な行動を取ってしまう事が少なくありません。
「お金がもったいない」「お金を手元に置いておかねば」とそうしたリッチ体験から目を背けようとするのです。
もったいないから、ホテルのカフェではなく、安いコーヒーショップでいい。
もったいないから、ビジネスクラスなんかに乗るよりも、エコノミークラスでいい。
もったいないから、高級レストランではなくて普通のレストランでいい。
だから、リッチなご褒美の心地よさがわからない。
リッチになるためのモチベーションがわからない。
リッチな体験をしようとしない事はとても残念な事だと思います。
その体験をしなければ、快適さや心地よさ、素晴らしさは見えてきません。
ところが、自分の世界ではないとばかりに目を背けようとします。
自分が経験してきた世界以上のものは見たくないと考える訳です。
言葉を替えれば、ホテルのカフェやビジネスクラスや高級レストランは、お金持ちの世界と言ってもいいかもしれません。
お金持ちになれば、当たり前のようにそういう世界に出入りする事になるのです。
それが、日常になっていくのです。
お金に強くなれた人は、その事がよく分かっているのです。
だから、それを味わいに来る。
それを日常にするべく、イメージを膨らませる。
この世界にやってきたいというモチベーションを高める。
しかし、そんなリッチな体験すら、お金に弱い人たちはしようとしないのです。
それで果たしてこの新しい世界に馴染めるかどうか。
その世界が呼んでくれるかどうか。
リッチな体験をする事が大事なのは、その体験そのものに価値があるからです。
こういう世界に来たという気持ちを盛り上げてくれるからです。
お金に使うに足る意味が十分にあるのです。
ただし、毎日おいしいものを食べればいいわけではありません。
時々でいいのです。
むしろ、時々だから、その体験はより強烈なものになるのです。
お金持ちに限って、普段は質素に暮らしていたりします。
贅沢はしません。
無駄遣いはしません。
しかし、する時はとびきりの贅沢をします。
このご褒美の嬉しさを、よく分かっているのです。