二流は、恥をかくことを恐れます。

 

失敗したくないのです。

 

失敗しても、「なぜ失敗したか」「次に失敗しないようにどうしたらいいか」「失敗しても大丈夫」という事を伝えるのが、「教える」という事です。

 

例えば、ボイストレーニングで「声を出してごらん」と言われて、ひっくり返ったような声が出た人はOKです。

 

今、先生がしようとしている事が分かっているからです。

 

先生にも「そうそう、そんな感じ。それを続けていけば、ひっくり返らずにもっといい良い声が出せるようになるよ」と教えられます。

 

二流の人は、恥をかきたくないので声を出しません。

 

先生に「なんでやらないの?」と言われても、「だいたい分かりましたから、家に帰ってやってみます」と言うのです。

 

先生の前で声を出す事で、直してもらえるのです。

 

下手なところを見られたら恥ずかしいというのは、プロへのリスペクトがありません。

 

恥ずかしいと思うのは、張り合っているからです。

 

プロと自分の力量差を考えたら、張り合う事などおこがましいのです。

 

同等レベルならまだしも、天地ほどの開きのある人が何を恥ずかしがっているのか、という事です。

 

二流は、自分の低さとプロの高さに気付いていないのです。

 

一流は、恥をかきながら学んでいけます。

 

ダンスの世界では、思い切り動いて転んだら、先生から「それでいい」と言われると思います。

 

二流は、みっともないから転べません。

 

それでは、新しい動きを身につける事ができないのです。

 

二流は、「恥ずかしい事をしたくない」と言いながら、すでに恥ずかしい事をしています。

 

しかも、その事に気付いていません。

 

マナーで、親や小学校の先生なら「あなた、恥ずかしい事をしていますよ」と注意してくれます。

 

社会に出たら、恥ずかしい事をしていても、誰も言ってくれないのです。

 

冷たいのではありません。

 

それが大人の社会です。

 

その代わり「こいつ、使えないな」と、切り捨てられます。

 

その人に頼まなくても、他の誰かを指名すればいいだけの事です。

 

「恥ずかしい事をしている」と気付く事が、教わる事のスタートです。

 

それに気づいた人間は、自然と教わるようになります。

 

「自分は恥ずかしい事をしている。でも、正解が分からない。どうしたらいいんですか」という事をプロに聞けるのです。

 

「大丈夫です」「自分でなんとかします」と言うのは、自分はそれほど恥ずかしい事をしていないと思っているからです。

 

「恥ずかしい」と感じる事が成長です。

 

そして、モチベーションのスタートは、恥ずかしさです。

 

「このままで自分は終わりたくない」という事です。

 

「恥ずかしい」とか「やばい」という感情を持たない人間に、教える事はできません。

 

教える側としては、「それがいかに恥ずかしい事か、早く気付いてくれれば教えられるのに」と、じれったい気持ちになるのです。

 

なので、まずは自分が恥ずかしい事をしている事に気付いて下さい。

 

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